みつめる

観たもの、考えたこと、あれこれ

とりとめのない話

音楽について話をするときは、詞を重視するか、それともメロディを重視するかというところで意見がわれがち。私はメロディ重視で、母は歌詞重視なのでこの手の話になると「いやそれはちがうよ」のかけあいになる。

歌詞も聴くの好きだけど、メロディにすごくきれいに乗ってるとかじゃない限り(何がこれにあてはまるのか私もよくわかんないけど)ある程度集中しないと歌詞はあたまに入らないから、歌詞ってあんまり覚えてない。聴きすぎると音の雰囲気で覚えちゃうこともけっこうあるけど。

あるアーティストが自分で歌詞をかいているとき、その歌詞にはきっと彼/彼女の伝えたいことがあるんだろうなあと私は考えているけど、メッセージ性のある歌詞って実は苦手。なんとなくおしつけがましくて、苦手。

なんか別にこういう話をしたかったわけでもないんだけど。

 

ただ、ふと髭のとある楽曲(忘れた)(iPodの画面が割れてからタイトルも覚えなくなった)の歌詞が頭をよぎったから。

 

「つまらなくなったら、ぼくを捨てていきなよ」

 

聴くたびにゾクッとする。

髭をものすごくたくさんバカみたいに聴いてた時期があって、最初は単純にメロディがいい曲がいいって聴いてたけど、そのうち歌詞も聞こえるようになって聴いてたらすごく無意味に聞こえるものが多くて、だけどなんとなく寓意がこめられているような感じもして、その感じが伊坂幸太郎の書く小説(内容が政治的になっていった『魔王』の手前ぐらいまで)に似ていて大好きだった。最近はなんだか率直に胸のうちを打ち明けてみたみたいな詞も書いてるような気がするけれど、個人的には無意味でひねくれていたことばたちのほうが好きだった。

 

「つまらなくなったら、ぼくを捨てていきなよ」

という歌詞で、なぜだかときどき東方神起のことを思い出す。アイドルという「商品」について考えてしまう。ばらばらになったとき、そのあと、3人のほうの誰かも、2人のほうの誰かも、「忘れられてしまうこと」について話していて、たぶんそのあたりとこの詞が重なるんだと思う。つまらなくなったから、私たち(消費者)はあなたたち(商品)を捨てていく。着飽きたからとタンスの奥に仕舞われて、そのうちいらないと簡単に捨てられてしまう洋服のようにように。

アイドルのコンサートに行くと、舞台の上に立つ彼らは「絆」というものを強調するけど、一方通行にしか顔が見えていない状態で、本当の意味での「絆」というものはたぶん存在していなくて(というと反論がありそう)、でもアイドルとファンの関係を単なる商品と消費者というところに収めてしまうのもなんだか違う気がする。

 

話がものすごいズレていった。

キンキキッズの「雨虫」と「流星」を聴いてたらなぜか上記のようなことを考えてしまった次第。なんでだろ。

そういやきょうはじめてMアルバムを通して聴いたけどMアルバムに入ってる「恋涙」の剛さんの声がめんどくさい女の人っぽすぎて(※褒めてる)びっくりしてる。最高。