みつめる

観たもの、考えたこと、あれこれ

チームで仕事をするのは難しい

前の更新から3か月。その間、実家に帰ったり、髪を変な色に染めたり、部屋の模様替えをしたりした。言語交換の相手とは奇跡的にまだ1度も休まずセッションを続けていて、今年の1月に別の相手とはじめた読書会も4冊目になった。

仕事は毎日終わらないタスクに追いかけられまくっている。もしかしたら自分で自分を追い詰めてるだけかもしれない。楽しいのか楽しくないのかは分からないけど、虚無にはなってないからたぶん大丈夫。最近は特に、自分がやってほしいことを、相手が理解できるよう過不足なく説明するにはどうすればいいのか全然分からなくてずっとジタバタしている。そもそも前提として目的地までの中間ポイントをうまく分割できていない気もするし、イメージそのものがあいまいなまま突き進んでしまっている気もする。自分よりあとに入社してきた年下の後輩がいる、という経験はあったけど、自分の配下としてメンバーをつけてもらう、という経験がはじめてでもうずっとてんやわんや。

自分のことにいっぱいいっぱいで、あんまりちゃんとマネジメントなるものができてないなと思う一方、なんかあったら言ってきてくれ!という気持ちもあって難しい。会社に入ってすぐ配属されたチームの、人当たりがよく温厚なプレイングマネージャーのおじさんをふと思い出したりする。あのおじさんって実はめっちゃすごかったのでは。気分の乱高下がある中で温厚さ(あるいは温厚そうに見える表情や立ち振る舞い)を保つこと自体がすごい、みたいなことを思う。

自分と仕事の仕方が違うとか、コミュニケーションの基本スタンスが違うとか、これまでも合う合わないはあったけど、小規模ながらも管理する側に立ってしまった今、これまでと同じやり方をしていたらただのパワハラになりかねなくて、本当に難しい。世に言うチクチク言葉、そんなとげのある言い方しなくていいじゃん、というような言葉がふと自分の口から出そうになってびっくりする。対面だと「冗談っぽく怒ってみる」ということができるが、チャットの文字情報だけだとそれができない。せめて口頭で、と電話をつないで話してみてもいいけどそうするにも勇気が必要だ。

自分の場合、誰かに怒られてもそこまで深く凹むことはなく、やっちゃったものは仕方ないし次またがんばろ、となるところが(最初の上司の指導のたまもの)(超感謝)、ミスを指摘されると萎縮してしまう人もいるみたいで、ちょうど良い対応の仕方をまだ見つけられずにいる。わたしの言い方自体にも原因があるのかもしれないし、その人がこれまでに働いてきた職場がそういうコミュニケーションを取る場所だったのかもしれないけど、その状況で、わたしはミスを執拗にいじくり返したいわけじゃない、口にする言葉に面倒な含みがあるタイプの人間でもない、ということを示すためにどうすればいいのか分からなくてもがいている。どこまで伝わってるのか、なるべく直接聞くようにしてるけど、その場でNOをつきつけられることがないから、本当に納得しているのか不安になったりもする。

Creepy Nutsが新しいアルバムをリリースしたとき、R-指定が、これまでの自分の表現が正しくなかったのでは?と自分を疑いはじめて表現の方法に悩んだり、敵として描いていた人たちに自分がなってしまったことに戸惑ったりしたという話をしているのとか。こないだ行ったお笑いライブで、ゲストで来ていたゾフィの上田さんが「加齢による世の中への目線の変化を受け入れる」とその場にいるコント師かが屋空気階段ハナコ)に話しているのとか、そういう、立場や年齢の変化によって、これまでとは違う視点を持つようになった自分、これまでの自分が抱いていた信条や唱えていた主張とは相反する部分もあるかもしれない自分、最初はそれに戸惑うかもしれないけど、それも受け入れていこうよ、という話がすごく沁みるようになった。これまでいちスタッフとして仕事をしてたときには見えてなかったものって全然たくさんあるんだろうなと思う。

最近超特急がロシアンハードベースの曲を出したことに興奮して、その余波でズンチャズンチャ(?)してる曲をよく聴いてる。


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おわり