みつめる

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ソフィア・コッポラを観てミン・ヒジンを思う

有給を取って朝からソフィア・コッポラの「オン・ザ・ロック」と「ロスト・イン・トランスレーション」を観てきた。ミン・ヒジンに関する話題になると、決まってソフィア・コッポラの名前が挙がるのに1本も観たことがなかったからだ。

ミン・ヒジンはSMエンターテイメントにいたアートディレクターで、SHINeeとf(x)に関して言えば2018年までのすべての作品のアートディレクターは彼女だった(テミンの"WANT"は除く)。彼女は2002年からSMで制作に携わり、2018年にはクリエイティブ統括理事にまで上り詰めた。しかし、2019年夏にSMを退職し、BTSやTXTが所属するBig Hitにブランド統括(CBO)として就任した。

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左:ミン・ヒジン、右:クリスタル

彼女がSMを去ってからというもの、SM所属のアイドルが新しいコンセプトでカムバックするたびに起こるファンの一喜一憂に、彼女の影がちらつくようになったように思う。新しいメンバーで制作された作品がしっくり来ず、ミン・ヒジンのディレクションのもと制作された作品を引き合いに出して過去を懐かしむファンもあらわれた。それを「信者」と揶揄するような反応もちらほらと見られるようになった。

個人的には、彼女がディレクションした作品は好きだった。SHINeeとf(x)しかきちんと見ていないので、EXOやNCTについては分からない。ただ、彼女が制作工程と制作物の両方についてより強い権限を手に入れたであろうタイミング(f(x) "Red Light")以降は、映像(Teaser Video, Music Video)と写真(Teaser Image, Booklet)との齟齬がなくなったように感じられてすごく好きだった。もちろん、大前提として、かれらの音楽自体がすごく好きなジャンル/音になっていったというのも大きいけれど。


SHINee 샤이니 '1 of 1' MV

彼女の存在感が増した最初のきっかけは、2013年夏にf(x)の"Pink Tape"のアートフィルムが大きく話題になったことだったろうか。同年春先にSHINeeの3集"The Misconseptions of us"が出たときにも、アルバムジャケットのコラージュが話題になっていた。きっとその前からも一部では語られていたのだろうけれど、自分の体感としては、2013年くらいからファンの間でその存在感が徐々に増し、彼女に関する記事や講演会レポも日本語で頻繁に出回るようになっていった。そして、2015年に決定的な存在、SM所属アイドルのビジュアルイメージやその制作に関心を持つファンであれば誰しもが知っている存在になったという印象がある。

2014年にiFデザイン賞という有名な賞を取ったこと、"Red Light"では自らが写真の撮影も担当したこと、どちらもクリエイティブにそれほど強い関心があったわけではないわたしが知るくらいには話題になっていた。2014年に彼女が行った講演や、2015年に梨花女子大学で行った講演会も、詳しいレポが日本語に訳され当時のファンに広く読まれていたように思う。もともとSMは厨2病っぽい(と言うと語弊があるけれど、ビジュアル系っぽさのあるダークな感じの)コンセプトが主で、わたしはそういったものを「ダサい」と捉えていたので、それらとおさらばしてくれたという意味で、個人的に彼女はありがたい存在だった。

わたし自身が会社で仕事をするようになってから、テクノロジーの発展と相まって、ここ10年ほどであらゆるビジネスにおいてデザインが重要視されるようになったことを知ったが、彼女の仕事はそれとリンクするものだったようにも思える。デザインが重要視される際、デザインは計画が完了しプロダクトの仕様が決まったあとに加えればいいというものではなく、企画構想段階から共に検討すべきものであるという点が強調されるが、それはまさに彼女が行ったことではないだろうか。ひとつのコンセプトのもと、音楽(楽曲)・映像(Music Video)・写真(アルバムのアートワーク全般)を有機的に統合すること。一貫したつながりを作り出すこと。だからこそ彼女はBig Hitに「ブランド統括」という肩書を与えられたのだろう。

しかし、ミン・ヒジンはあまりにもセンセーショナルに扱われたのかもしれない。彼女のディレクションのイメージは話題になったいくつかの作品のみに結びつけられ、「ミン・ヒジン」という単語は個人名としての固有性より、漠然とした「おしゃれなイメージ」という記号的意味を強くあらわすようになったと感じられる。

昨年末にSexy Zoneが出したシングル曲"NOT FOUND"のジャケットについて、「ミン・ヒジンっぽい」という語りが散見されたときにそんなことを思った。具体的に彼女が行ったディレクションにはどのような特徴があったのか、それが語られることはどんどん少なくなり、漠然とした「おしゃれなイメージ」のみがひとり歩きする。(おととい公開されて話題になったSexy Zone "Right next to you"のMVに「ミンヒジンが関わってる?」と言っているひとがいたのはさすがにびっくりした。4wallsと音が似てるからかな?)

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Sexy Zone "NOT FOUND" 通常盤

そんなことを言いつつ、自分自身もまた彼女に「おしゃれなイメージ」をかぶせていたひとりだった。SMが公開した新しいビジュアルイメージがなんとなく好きじゃない。これがカッコいいのか、素敵なのか、イカしているのか、てんで分からない。けれど、なぜそう感じるのか、好きじゃないと感じるのかが分からない。ミン・ヒジンじゃなくなったから? わたしは彼女のディレクションの具体的にどの部分を好きだったのだろう? そもそもわたしが好きなモチーフ、質感なんてあったのだろうか?

そういうわけでソフィア・コッポラを観に行ってきた。彼女の引用元について、ことf(x)について語られるとき、呪文のように繰り返されるソフィア・コッポラの作品を観ることで、彼女が好んで用いるモチーフや質感、スタイルがちょっとでも分かればいいなと思ったからだ。結局のところ、きょう観た作品からそれが分かったかというと微妙だったけれど。(こじつけるなら、「孤独」「理解されないこと」「逃避行」「刹那」のような概念/キーワード?) 

 

書きながらずっと聴いてたHojeanがカッコいいのでおいとく。

www.youtube.com

 

おわり 

 

<参考>

Creative×Logic=∞

K-POPのデザイン1: ミンヒジン|Simon says|note