みつめる

観たもの、考えたこと、あれこれ

わたしのからだ・装うこと

頭を整理するためにわたしとフェミニズムとの出会いや現在までのプロセスを書いてみようと思ったら、からだについてのことだけで結構な分量になった。これまで深く意識していなかったが、わたしがわたしを語るうえで、特にそれをフェミニズムというかセクシュアリティジェンダーといったものに絡めて語ろうとするときには、からだというのは看過できないものだったことに、この記事を書いていくなかではじめて気が付いた。もう四半世紀は生きてきたのに、新しく発見することはまだまだ多い。

 

想像された「女」のからだ

「女」というものは、小さくて華奢で、筋肉が少ないから力も弱い。身長が低いだけではなく、手や足だって小さい。胸がふくらんでいて腰にはくびれがあり、指や腕、足に目視できる濃さの毛はほとんど生えていない。そして肌は白くてすべすべしている。そんなふうに、わたしは「女」のからだを想像する。しかし、わたしはすべての「女」がそんなからだを持っている/手に入れているわけではないことを知っている。

そもそもわたし自身が小さくもなければ華奢でもない。身長は日本人男性の平均よりも高く、骨格もガッチリしている。肌はそこそこ白いが、色素が薄いわけではないのでそのぶん体毛が目立つ。足は纏足してた頃の清の人たちが見たらひっくり返るぐらいのサイズで、専門店やZARAぐらいでしかスニーカー以外の靴が買えない。スニーカーすら買えないこともある(「女性向け」スニーカーは24.5cmまでという謎文化は1秒でも早く絶滅してほしい)。

わたしはわたし自身が挙げた「女」に合致しない部分のほうが多いのに、「生物学」的に「女」ということになっている。わたしが想像する「女」のからだと、「女」であるはずのわたしのからだは食い違っている。その食い違いの中でも、わたしにとって特に重要なのはからだの「大きさ」だった。

それがわたしにとって重要な問題だったらしい、ということに気が付いたのは本当にごく最近だ。中高の頃に読んだ漫画や本の中に出てくる女たちは一様に身長が低くて華奢だった。身長が高い女が主人公の作品もあったが(e.g.『ラブコン』、『きみはペット』)、そういった作品の中にも「女」は小さいほうがかわいいという「常識」は存在していた。同級生の女の子たちから身長がちょうど良いからとハグを求められたり、カッコいいとか彼氏にしたいと言われたりするのは嫌ではなかった。だけど魚の小骨がのどに引っ掛かっているようなチクチクとした嫌な感じがどこかにあった。小骨が引っ掛かったどころじゃない出来事もあった。中学生の時、ある先輩が突然わたしの手を取り、自分の手との大きさを比べながら「手ぇおっきいなあ、男の子みたい」と言った。どうしてそこまで嫌な気持ちになったのは自分でもよくわからないが、ショックでもう何も言えなくなった。

そうして、わたしは、メディアでの表象や現実の世界での扱われ方から、「女」というものは身長が低く、からだのパーツも小さいのだ、というような意識を内面化すると同時に、「女」は小さいものなのだから、大きいわたしは「女」として不適格なんじゃないか、という漠然とした不安も感じるようになっていった。だれか―存在するのかどうかすらわからないだれか―から、お前は「女」を名乗っていい人間ではないと糾弾されているような気がしていたのかもしれない。

 

まなざされること

わたしは、わたしが「女」のからだに対して持っているイメージが、理想化されたものだということを頭では理解していた。しかし、理解していてもなお、理想化されたイメージから自由でいることは至難の業だった。理想化されたイメージは、メディアによる表象や現実社会でのあり方を通して再生産され続ける。ジェンダーの視点を取り入れた展示を多く企画してきた東京都写真美術館元館長の笠原美智子は、写真における女性の表象についてこう語っている。

150年に及ぶ写真の歴史の中で女性はさまざまに描かれ、理想化されてきた。(中略)一例を挙げれば、女性の身体の抽象化がある。理想的な造形美の追求という名のもとに、女性の身体や部分は、その身体をもつ個人とは切り離されて抽象化される。作者の意図がどこにあるにしろ、理想化されたイメージは増幅されて、「女らしさ」を固定化することに一役買ってしまう*1

理想化された「女」のからだのイメージを内面化し、それと一致しない自分のからだは「女」として認められないのではないかと思う一方で、わたしは自分のからだの一部が「女」として性的な視線にさらされうることも知っていた。わたしにその視線の存在を認識するように仕向けたのは、日常に流通する「女」に関する表象と、わたしの母による様々な牽制や忠告だった。

母はわたしのことを大事に思っていたがために、彼女自身がかけられてきた呪いをわたしにかけた。いっしょに買い物に行っても、わたしがわたしのからだに似合うと思うかどうかに関わりなく、わたしが「女」であることを強調する(と母が思ったであろう)洋服はいつだって買ってもらえなかった。サイズがぴったりだった短いパンツは「足が出すぎてしまうから」という理由で買ってもらえなかったし、襟ぐりが大きく開いたストライプのセーターは「胸が強調されすぎるから」という理由で買ってもらえなかった。家でゴロゴロしているときにTシャツの襟ぐりがあいて、そこから下着や胸の谷間が見えていると母は怒った。「女の子なんだから、もっと気を付けなさい」と怒った。

 

装うことでわたしは何者になるのか

大学に入って1、2年の頃、ひとりで街に出るようになったわたしはメンズの洋服をたくさん買った。レディスの洋服からサイズの合うものを探すのは難しいという理由から、メンズの洋服を着ること自体はわたしにとってとりたてて珍しいことではなかったが、この頃は特にメンズの洋服への執着が強かった。「男」に近づきたいというよりは、わたしにとって性的な意味で「女」っぽく見える姿になってしまうことを避けようとしていたのだと思う。

当時のわたしは、ヒョロっとしていて余計なふくらみのついていない、フラットなからだを自分の理想としていた。襟ぐりのつまったTシャツを着ても胸がふくらまない、Tシャツの価値が損なわれないからだ。わたしは自分のからだそのものを嫌いにはならなかったが、わたしのからだはわたしにとっての理想のからだではなかった。この胸がなければ、わたしはわたしの好きなように洋服を着ることができたのに、と考えていた。

そんなふうにメンズの洋服ばかりを着るわたしを見て、母は事あるごとに「また男の子みたいな格好して」と不機嫌になり、「女の子なんだから、もっと女らしくしなさい」と言った。

『ひとはなぜ服を着るのか』という本のなかで、鷲田清一は、ロラン・バルトを引用しながら装うこと(ファッション)は「<わたし>とはだれか?」とい問いとの戯れであると書いている。

「らしさ」が話題にされるところではいつも、衣服やメイクやしぐさが、そういうイメージとの深い共犯関係のなかで強力にはたらいています。ある種の社会的な強制力をもって、です。このように身体の表面で、ある性的ならびに社会的な属性を目に見えるかたちで演出することで、服装は個人の人格を具体的にかたちづくっていくわけです。イメージの服を着込みながら、着替えながら、です*2

わたしは、わたしのからだがその大きさという点で「女」ではない何かとして位置づけられるかもしれないという不安と、「女」のからだに特徴的とされるパーツを持っているがために知らぬ誰かに「女」として品評されるかもしれないという不安の間にいた。凹凸のないからだを理想とし、メンズの洋服を好んで着ていたのは、そのような場に置かれたことの反動として「女」のからだやそのイメージから遠ざかろうとする行為だったのかもしれない。

 

客体から主体へ

今のわたしは、自分のからだを他者からジャッジされる不安からある程度解放されていて、それなりには自分が好きなように装うことができている。

他者からジャッジされる、まなざされることへの不安が和いだのは、恋人や友人からわたしを全肯定することばをもらった経験と、ジョンヒョンの"좋아 (She is)"という楽曲との出会いに拠るところが大きい。それらによって、わたしは自らを「女」というカテゴリーの成員として同定しようとする際に抱いていた劣等感や、内面化していた理想化された「女」のイメージから解放される兆しを見つけることができた。


JONGHYUN 종현 '좋아 (She is)' MV

彼が「僕は好き」だと歌う相手は、「ちょっぴり小さな目」と「少し濃い眉毛」と「ちょっと拗ねたような」唇を持つ。彼女は、上記のからだのパーツをコンプレックスに思っていることが「君の目にはだめなところでも」という歌詞で表現される。しかし、ジョンヒョンは「他の人たちの目にどう映るかなんて気にしないで」「君のすべてが」「僕は好き」と、君の目にはだめに写るそのからだのありようも、ぜんぶひっくるめて好きだと歌う。大げさかもしれないが、わたしにとってこれは解放の歌だった。

そして、わたしが自分のからだのかたちに関係なく、わたし自身のために装おうと思えるようになったのは、周りにいた女性たちの振る舞いのおかげだった。会うたびに髪色が変わり、いつだってご機嫌で、蛍光色のホットパンツもイカついサテンのロングガウンも漁師みたいなベストだって着こなす大好きなお姉さん。一緒に買い物に行って「似合わないから」と試着を断るわたしに、彼女は「着てみなきゃわかんない!」「着るのはタダ!」と言って、心の持ちようを変えてくれた。そして、お茶目でキュートな大学の指導教官(ただし試問のときはバキバキ)。60歳を過ぎていたがそんなことはおかまいなしに、MACのアイシャドウでまぶたを時にシックに時にきらびやかに飾り、髪をくりんくりんにしたりベリーショートにしたり、夏にはノースリーブの花柄ワンピースを着て講義棟にやって来たりした。「お腹が出ていてスタイルが良いわけではないのにどうしてぴたぴたのトップスを着るのだろう」なんてことを考えていたが、スタイルが良くなきゃ体の線が出る洋服を着てはいけない、なんて法律はどこにもない。彼女は誰かに見られるためではなく、自分自身のために装っていた。そして、生まれて初めて行ったヨーロッパの街角で見かけた女性たち。わたしよりも身長が高いのに8センチはあるであろう厚底を履きツインテールにしてミニスカートを履く女性や、ほとんど坊主の髪を真っ青に染め、両耳に無数のピアスをつけた女性。日本だと「おばあちゃん」と呼ばれ地味な洋服を押し付けられていそうな年齢なのに、レザーのミニスカートにイカしたハイヒールで買い物をしている女性。

わたしがわたしのために装っていいのだと思った瞬間。それは、わたしが「わたしを品評するだれか」から明確な意思を持って、わたしのからだを取り戻した瞬間だったとも言えるかもしれない。

 

現実と暫定的な物語

さっきの段落でカッコよく終わることができれば良いのだが、現実はそう簡単にいくものではなく、わたしはわたしのからだを取り戻しはしたが、わたしが他者によってジャッジされる不安から完全に脱することは難しいのだろうと思う。

電車のなかで近くを通った人を見て「トランスジェンダーのひとかな?」とふと思ってしまうとき、わたしはわたしのなかに根を下ろした「女」と「男」という二項対立、そしてそれらに付随するからだと装いについてのイメージの根深さと、他者をジャッジしようとする自分自身の暴力性に気付く。わたしは一体何を根拠に、どのような権限があって、わたしではない誰かのセックス/ジェンダーをジャッジしようとしているのだろう。そして、そのたびに、「女」ではない何かとして位置づけられうること、「女」として品評されることへの不安を思い出す。

自分の中にある他者を品評しようとするまなざしだけではなく、毎日の中にある様々な出来事や表象が、わたしに向けられるまなざしを、そしてそれに対するわたし自身の不安を思い出させるトリガーとなる。

ひとは服を着ることによって「だれ」かになるわけですが、逆に服を着ることでその「だれ」を揺さぶったり、他人にたいして偽ったりすることもできます*3

おそらく、わたしに出来ることは、そういった出来事や表象に対して生じた疑いや違和感を受け流さずに可能な範囲で言語化して理解しようとすること、わたしに向けられるまなざしを裏切ってみたり利用してみたりしながら装い続けること。そして、今後、わたしが出くわすであろう様々な出来事や人や作品やその他諸々の影響を受け入れたり拒絶したりしながら、わたしのからだと装いについての物語(あるいは別のタイトルになっているかもしれない物語)を書き換えていくことなのだと思う。

おわり

*1:笠原美智子(2018)『ジェンダー写真論 1991-2017』里山社 p.21

*2:鷲田清一(2012)『ひとはなぜ服を着るのか』ちくま文庫 pp.39-41

*3:鷲田清一(2012)『ひとはなぜ服を着るのか』ちくま文庫 pp.44-45