みつめる

観たもの、考えたこと、あれこれ

<記事訳>それは「フェミニスト論争」ではなく「ネット暴行」だった(ハンギョレ)

www.hani.co.kr

2018年3月23日  イスンハンのSultan of the TV

アイリーンを取り巻くある暴力に関して
アイドルグループ「Red Velvet」のメンバー、アイリーンが休暇の間に読んだ本として『82年生まれ キムジヨン』を挙げ、ある男性たちはそれが「フェミニスト宣言」だとして怒りをあらわにした。これが始まりだと、今後もずっと被害意識を育てることだけを残すものだと、男性ファンが懸命に消費したおかげでRed Velvetが成功できたのに、これがファンにすることなのかと、真剣に結婚まで夢見た俺がバカだと。アイリーンが印刷されたフォトカードをハサミで切り、写真を火で燃やし、自分の怒りを知ってくれと絶叫するこの男性たちに向かう世間の反応はおおよそ「高い飯を食べてすることもない」という方へ集まっている。

選択的に怒りをぶちまけるみっともない男たち
この上なく常識的な反応である。この本を読んだ人はひとりやふたりなのか。今日の韓国を生きる女性たちが経験して来た大きくて小さな差別と女性嫌悪の経験を記録し、数多くの読者たちの共感を生んだ『82年生まれ キムジヨン』は、2016年10月の出版以後、4ヶ月だけで1万5000部、7ヶ月で10万部、10ヶ月で27万部に達し、シンドロームを呼び起こしたベストセラーである。文化放送「無限挑戦」でちらっと見えたユジェソクの机の上に置かれていた本も、防弾少年団のRM(Rap Monster)、俳優 パクシネ、モデル ハンへジン、アナウンサー ノホンチョル、少女時代 スヨンが深く感銘しながら読んだと明かした本もこの本だった。昨年、ノフェチャン正義党院内代表が大統領官邸昼食会に招待されたときに、ムンジェイン大統領へ贈った本も、クムテソプ共に民主党議員が自腹をはたいて国会議員全員に贈った本も『82年生まれ キムジヨン』だった。
国会議員たちがお互いに本を贈り合うときにも、有名な書店MDたちが推薦図書として『82年生まれ キムジヨン』を挙げたときにも、SBSがそのタイトルを借りて「SBSスペシャル」を制作し、JTBCが「ハンミョンフェ」で本を紹介したときにも、このような激しいアレルギー反応があったのだろうか? 私が見聞きしたからか、ムンジェイン大統領がフェミニスト大統領を自認して女性の人権について話したという理由で、彼に対する支持を撤回したり、SBSとJTBCのボイコットを宣言し、教保文庫不買活動を組織したという男性たちの話を聞いたことはない。ユジェソクの写真を破って燃やした男性がいたとか、防弾少年団を糾弾して組織的に悪意のコメントをつけていく男性たちがいたという話もまた聞いたことがない。結局、この怒れる男性たちは、見た目に手強くないと感じる若いガールズグループのメンバーに対してのみ選択的に怒っているのであるが、行き場をなくした怒りさえも、人を見極めながら、手強くない相手に対してのみ吐き出す行動は本当にみっともない。このみっともなさにうんざりした数多くの芸能メディアは、記者コラムを通してアイリーンの味方になり、ろくでもない男性たちを叱咤した。

ところが、いくつかのコラムは論調が少し奇妙だ。それらはアイリーンを擁護する論理で、アイリーンが『82年生 キムジヨン』を読んだと言っただけ、本に対してどのような立場なのか、感想も明らかにしたことがないという点を主張する。アイリーンが自らフェミニストだと明らかにしたこともないのに、本を読んだという言葉だけ取り上げて、それをフェミニスト宣言だと解釈してサイバーテロを加えることは不当な拡大解釈であるという話だ。裏返せば、次のようなロジックが登場する。もしもアイリーンが自分をフェミニストだと修飾したならば、男性たちが押し寄せて行って大騒ぎするのも仕方がない、というロジックである。「もしも、アイリーンが本を読んで、フェミニスト講演をしたりサイバー活動をするとすれば問題になるという状況。ただ本を1冊読んだだけなのに、そのせいで非難を受ける理由は全くない。」(『スポーツワールド』ユンギベク記者。「アイリーンは本も読むことができないのか」2018年3月19日)本を読んで感じたことがあれば、それについて講演することもあるが、それが問題になる理由は一体何なのか?

数ヶ月前、A-pinkのソンナウンが「Girls can do anytihng」(女性はどんなことでもできる)というフレーズが刻まれたスマートフォンケースが見えるように撮った写真をソーシャルメディアに投稿し、何人かの男性ファンたちから抗議を被ったときにも、ソンナウンを擁護する文章のうち少なくない数が、これと同じ論調を帯びていた。所属事務所は該当のケースがソンナウンを広告モデルとしたブランド「ZADIG&VOLTAIRE」が協賛してくれた製品だっただけだと釈明し、多くのマスコミはこれをとりあげて「時期外れのフェミニスト論争、知ってみると製品…」という内容のタイトルをつけて投稿した。事態の核心は、若い女性が少しでも自分の声をあげるような兆しが見えると抑圧しようとする男性優越論者たちの暴挙であるにもかかわらず、多くの記者のタイトルはこれを「フェミニストという話ではなかったのに、誤解を買って、思いがけずひどい目に遭ったハプニング」であるかのように記述した。まるでガールズグループのメンバーが本当に自分がフェミニストだと主張したなら、このようなひどい目に遭うのも仕方がないというかのように。

このようなことが起きるたびに「○○○、時期外れのフェミニスト論争」という表現を頑なに守るマスコミの態度は、フェミニストという単語に対して私たちの社会の認識レベルを絶えず後退させる。誰かが自分はフェミニストであるという信念を明らかにしても、それは論争になるのか? 「人は皮膚の色に関係なくみな尊厳をもって生まれてきたのであり、皮膚の色によって人を差別する習性を捨てることができない社会は、地道に改革の対象にならなければならない」という信念を非難する人々がいると仮定しよう。普通、私たちは非難を浴びせる者たちを「人種主義者」だと称し、彼らの行為を嫌悪発言[ヘイトスピーチ]であると糾弾するだろう。あえて「論争」という単語を使えば、論争を引き起こした人たちを問題の主語として「人種主義者嫌悪発言論争」と修飾するだろう、「時期外れの平等主義者論争」というふうには修飾しないだろう。しかし「人は性別に関係なくみなが尊厳をもって生まれてきたのであり、性別によって人を差別する習性を捨てることができない社会は、地道に改革の対象にならなければならない」という信念であるフェミニズムを非難する人々が集まり、ネット暴行[ネットいじめ:syberbullying]を加えたとき、そのことは何故、ネット暴行の被害を被った人々を主語として「○○○、時期外れのフェミニスト議論」というタイトルをつけて伝えられるのか?

マスコミはなぜ男性優越論者を代表するのか
このような報道は、記者やメディアの本意とは無関係に、記事に触れる若い女性に対してこのようなメッセージを送る。「フェミニスト」というアイデンティティ[正体性]を明らかにすれば「時期外れの論争」を経験することになるので身を入れないようにと、その上、フェニミニストという誤解をかうようなことが起きてはいけないので注意しろと。もちろん、私も言論界周辺をさまよって、半分くらいはこの業界に足をつっこんだ立場であるため、まさか記者個々人が若い女性読者たちを萎縮させようと悪意をもってそのような文章を書くとは考えていない。ただ、長い間そのようなやり方でタイトルを選んで記事を書くことがごく当たり前に固まった慣行であるから、そのような報道をしてきたのだろう。しかし、マスコミからこのような慣行を直さなければ、フェミニズムに対してさらに加えられる烙印(スティグマ)はなかなか消えないだろう。私たちは今からでも不当な攻撃とネット暴行を「論争」という単語で修飾して、あたかも攻撃とネット暴行はかれらなりの合理をもつ「主張」であるかのような錯覚を誘導することをやめなければならない。マスコミの対象となるべきことがあるとすれば、それは、フェミニズムに対する根拠のない怒りと、若い女性芸能人の発言権を自分の思うがままにすることができると信じる消費資本主義と男性優越主義の奇怪な結合であり、フェミニズムではない。

今からでも間違って使われた見出しを再び書き直すときだ。アイリーンは「時期外れのフェミニスト論争」を経験したのではなく「男性優越論主義者たちからネット暴行*1」をこうむった。ソンナウンもまた「時期外れのフェミニスト論争」を経験したのではなく「男性優越論主義者たからにネット暴行」をこうむったのである。彼女たちが本当にフェミニストなのかそうではないのかが問題の本質ではなく、若い女性芸能人が少しでも自分と違った声を上げようとすれば、無関係なフォトカードを破って証拠写真を撮り、写真に火をつけ、ソーシャルメディアアカウントへ押し寄せて悪質なコメントを浴びせる男性優越論者たちの暴力が問題の本質である。問題を解決する方法は、ひとえに問題の本質を正確に把握したときにだけ見つけられるのだ。))

 

関連記事:アイリーンが『82年生 キムジヨンを読んだと言って起きたこと

www.huffingtonpost.kr

ガールグループ「Red Velvet」は去る3月18日、ファンミーティングに参加した。「レベルアッププロジェクト2」1000万ビュー達成を記念したイベントだった。この席でひとりのファンが「最近読んだ本」について質問をした。アイリーンは2冊の本を言った。『82年生 キムジヨン』と『大したことではないことが大したことになったある夜』。そして、その後オンラインコミュニティではアイリーンを非難する投稿が上がり始めた。
allkpopと国際新聞などの報道によれば、アイリーンを非難した者たちは2冊の本のうち『82年生 キムジヨン』を問題とみなした。一部のファンたちがこれをうけてアイリーンの「フェミニスト宣言」だと解釈し、そしてアイリーンを非難したようだ。allkpopによれば、何人かの男性ファンは男性ユーザーがオンラインコミュニティを通して「彼らの怒りを表現し、さらにはアイリーンの写真を燃やす写真を掲示」もしたという。
作家チョナムジュの『82年生 キムジヨン』は、キムジヨンという名前の平凡な女性が韓国に生まれ、経験した、女性に対する差別的な視線を描いた小説だ。去る2017年上半期の話題作で、同年6月には映画化も決定した。
ガールグループのメンバーがこのようなことを経験したことは、アイリーンが初めてではない。去る2月「A-pink」のソンナウンはインスタグラムで『GIRLS CAN DO ANYTHING』と書かれた携帯ケースを持った写真を上げたところ、一部のファンの抗議を受けた。これもまた該当フレーズが「フェミニズム」を連想させるという理由だった。

 ちょうど韓国で『82年生まれ、キム・ジヨン』が話題になっていた頃に訳した記事。こんど別の記事で引用したいなと思ったのでツイッターから転載。

*1:「ネットいじめ」では言葉が「軽い」ように感じられたので「暴行」と訳しています。