みつめる

観たもの、考えたこと、あれこれ

わたしのからだ・装うこと

頭を整理するためにわたしとフェミニズムとの出会いや現在までのプロセスを書いてみようと思ったら、からだについてのことだけで結構な分量になった。これまで深く意識していなかったが、わたしがわたしを語るうえで、特にそれをフェミニズムというかセクシュアリティジェンダーといったものに絡めて語ろうとするときには、からだというのは看過できないものだったことに、この記事を書いていくなかではじめて気が付いた。もう四半世紀は生きてきたのに、新しく発見することはまだまだ多い。

 

想像された「女」のからだ

「女」というものは、小さくて華奢で、筋肉が少ないから力も弱い。身長が低いだけではなく、手や足だって小さい。胸がふくらんでいて腰にはくびれがあり、指や腕、足に目視できる濃さの毛はほとんど生えていない。そして肌は白くてすべすべしている。そんなふうに、わたしは「女」のからだを想像する。しかし、わたしはすべての「女」がそんなからだを持っている/手に入れているわけではないことを知っている。

そもそもわたし自身が小さくもなければ華奢でもない。身長は日本人男性の平均よりも高く、骨格もガッチリしている。肌はそこそこ白いが、色素が薄いわけではないのでそのぶん体毛が目立つ。足は纏足してた頃の清の人たちが見たらひっくり返るぐらいのサイズで、専門店やZARAぐらいでしかスニーカー以外の靴が買えない。スニーカーすら買えないこともある(「女性向け」スニーカーは24.5cmまでという謎文化は1秒でも早く絶滅してほしい)。

わたしはわたし自身が挙げた「女」に合致しない部分のほうが多いのに、「生物学」的に「女」ということになっている。わたしが想像する「女」のからだと、「女」であるはずのわたしのからだは食い違っている。その食い違いの中でも、わたしにとって特に重要なのはからだの「大きさ」だった。

それがわたしにとって重要な問題だったらしい、ということに気が付いたのは本当にごく最近だ。中高の頃に読んだ漫画や本の中に出てくる女たちは一様に身長が低くて華奢だった。身長が高い女が主人公の作品もあったが(e.g.『ラブコン』、『きみはペット』)、そういった作品の中にも「女」は小さいほうがかわいいという「常識」は存在していた。同級生の女の子たちから身長がちょうど良いからとハグを求められたり、カッコいいとか彼氏にしたいと言われたりするのは嫌ではなかった。だけど魚の小骨がのどに引っ掛かっているようなチクチクとした嫌な感じがどこかにあった。小骨が引っ掛かったどころじゃない出来事もあった。中学生の時、ある先輩が突然わたしの手を取り、自分の手との大きさを比べながら「手ぇおっきいなあ、男の子みたい」と言った。どうしてそこまで嫌な気持ちになったのは自分でもよくわからないが、ショックでもう何も言えなくなった。

そうして、わたしは、メディアでの表象や現実の世界での扱われ方から、「女」というものは身長が低く、からだのパーツも小さいのだ、というような意識を内面化すると同時に、「女」は小さいものなのだから、大きいわたしは「女」として不適格なんじゃないか、という漠然とした不安も感じるようになっていった。だれか―存在するのかどうかすらわからないだれか―から、お前は「女」を名乗っていい人間ではないと糾弾されているような気がしていたのかもしれない。

 

まなざされること

わたしは、わたしが「女」のからだに対して持っているイメージが、理想化されたものだということを頭では理解していた。しかし、理解していてもなお、理想化されたイメージから自由でいることは至難の業だった。理想化されたイメージは、メディアによる表象や現実社会でのあり方を通して再生産され続ける。ジェンダーの視点を取り入れた展示を多く企画してきた東京都写真美術館元館長の笠原美智子は、写真における女性の表象についてこう語っている。

150年に及ぶ写真の歴史の中で女性はさまざまに描かれ、理想化されてきた。(中略)一例を挙げれば、女性の身体の抽象化がある。理想的な造形美の追求という名のもとに、女性の身体や部分は、その身体をもつ個人とは切り離されて抽象化される。作者の意図がどこにあるにしろ、理想化されたイメージは増幅されて、「女らしさ」を固定化することに一役買ってしまう*1

理想化された「女」のからだのイメージを内面化し、それと一致しない自分のからだは「女」として認められないのではないかと思う一方で、わたしは自分のからだの一部が「女」として性的な視線にさらされうることも知っていた。わたしにその視線の存在を認識するように仕向けたのは、日常に流通する「女」に関する表象と、わたしの母による様々な牽制や忠告だった。

母はわたしのことを大事に思っていたがために、彼女自身がかけられてきた呪いをわたしにかけた。いっしょに買い物に行っても、わたしがわたしのからだに似合うと思うかどうかに関わりなく、わたしが「女」であることを強調する(と母が思ったであろう)洋服はいつだって買ってもらえなかった。サイズがぴったりだった短いパンツは「足が出すぎてしまうから」という理由で買ってもらえなかったし、襟ぐりが大きく開いたストライプのセーターは「胸が強調されすぎるから」という理由で買ってもらえなかった。家でゴロゴロしているときにTシャツの襟ぐりがあいて、そこから下着や胸の谷間が見えていると母は怒った。「女の子なんだから、もっと気を付けなさい」と怒った。

 

装うことでわたしは何者になるのか

大学に入って1、2年の頃、ひとりで街に出るようになったわたしはメンズの洋服をたくさん買った。レディスの洋服からサイズの合うものを探すのは難しいという理由から、メンズの洋服を着ること自体はわたしにとってとりたてて珍しいことではなかったが、この頃は特にメンズの洋服への執着が強かった。「男」に近づきたいというよりは、わたしにとって性的な意味で「女」っぽく見える姿になってしまうことを避けようとしていたのだと思う。

当時のわたしは、ヒョロっとしていて余計なふくらみのついていない、フラットなからだを自分の理想としていた。襟ぐりのつまったTシャツを着ても胸がふくらまない、Tシャツの価値が損なわれないからだ。わたしは自分のからだそのものを嫌いにはならなかったが、わたしのからだはわたしにとっての理想のからだではなかった。この胸がなければ、わたしはわたしの好きなように洋服を着ることができたのに、と考えていた。

そんなふうにメンズの洋服ばかりを着るわたしを見て、母は事あるごとに「また男の子みたいな格好して」と不機嫌になり、「女の子なんだから、もっと女らしくしなさい」と言った。

『ひとはなぜ服を着るのか』という本のなかで、鷲田清一は、ロラン・バルトを引用しながら装うこと(ファッション)は「<わたし>とはだれか?」とい問いとの戯れであると書いている。

「らしさ」が話題にされるところではいつも、衣服やメイクやしぐさが、そういうイメージとの深い共犯関係のなかで強力にはたらいています。ある種の社会的な強制力をもって、です。このように身体の表面で、ある性的ならびに社会的な属性を目に見えるかたちで演出することで、服装は個人の人格を具体的にかたちづくっていくわけです。イメージの服を着込みながら、着替えながら、です*2

わたしは、わたしのからだがその大きさという点で「女」ではない何かとして位置づけられるかもしれないという不安と、「女」のからだに特徴的とされるパーツを持っているがために知らぬ誰かに「女」として品評されるかもしれないという不安の間にいた。凹凸のないからだを理想とし、メンズの洋服を好んで着ていたのは、そのような場に置かれたことの反動として「女」のからだやそのイメージから遠ざかろうとする行為だったのかもしれない。

 

客体から主体へ

今のわたしは、自分のからだを他者からジャッジされる不安からある程度解放されていて、それなりには自分が好きなように装うことができている。

他者からジャッジされる、まなざされることへの不安が和いだのは、恋人や友人からわたしを全肯定することばをもらった経験と、ジョンヒョンの"좋아 (She is)"という楽曲との出会いに拠るところが大きい。それらによって、わたしは自らを「女」というカテゴリーの成員として同定しようとする際に抱いていた劣等感や、内面化していた理想化された「女」のイメージから解放される兆しを見つけることができた。


JONGHYUN 종현 '좋아 (She is)' MV

彼が「僕は好き」だと歌う相手は、「ちょっぴり小さな目」と「少し濃い眉毛」と「ちょっと拗ねたような」唇を持つ。彼女は、上記のからだのパーツをコンプレックスに思っていることが「君の目にはだめなところでも」という歌詞で表現される。しかし、ジョンヒョンは「他の人たちの目にどう映るかなんて気にしないで」「君のすべてが」「僕は好き」と、君の目にはだめに写るそのからだのありようも、ぜんぶひっくるめて好きだと歌う。大げさかもしれないが、わたしにとってこれは解放の歌だった。

そして、わたしが自分のからだのかたちに関係なく、わたし自身のために装おうと思えるようになったのは、周りにいた女性たちの振る舞いのおかげだった。会うたびに髪色が変わり、いつだってご機嫌で、蛍光色のホットパンツもイカついサテンのロングガウンも漁師みたいなベストだって着こなす大好きなお姉さん。一緒に買い物に行って「似合わないから」と試着を断るわたしに、彼女は「着てみなきゃわかんない!」「着るのはタダ!」と言って、心の持ちようを変えてくれた。そして、お茶目でキュートな大学の指導教官(ただし試問のときはバキバキ)。60歳を過ぎていたがそんなことはおかまいなしに、MACのアイシャドウでまぶたを時にシックに時にきらびやかに飾り、髪をくりんくりんにしたりベリーショートにしたり、夏にはノースリーブの花柄ワンピースを着て講義棟にやって来たりした。「お腹が出ていてスタイルが良いわけではないのにどうしてぴたぴたのトップスを着るのだろう」なんてことを考えていたが、スタイルが良くなきゃ体の線が出る洋服を着てはいけない、なんて法律はどこにもない。彼女は誰かに見られるためではなく、自分自身のために装っていた。そして、生まれて初めて行ったヨーロッパの街角で見かけた女性たち。わたしよりも身長が高いのに8センチはあるであろう厚底を履きツインテールにしてミニスカートを履く女性や、ほとんど坊主の髪を真っ青に染め、両耳に無数のピアスをつけた女性。日本だと「おばあちゃん」と呼ばれ地味な洋服を押し付けられていそうな年齢なのに、レザーのミニスカートにイカしたハイヒールで買い物をしている女性。

わたしがわたしのために装っていいのだと思った瞬間。それは、わたしが「わたしを品評するだれか」から明確な意思を持って、わたしのからだを取り戻した瞬間だったとも言えるかもしれない。

 

現実と暫定的な物語

さっきの段落でカッコよく終わることができれば良いのだが、現実はそう簡単にいくものではなく、わたしはわたしのからだを取り戻しはしたが、わたしが他者によってジャッジされる不安から完全に脱することは難しいのだろうと思う。

電車のなかで近くを通った人を見て「トランスジェンダーのひとかな?」とふと思ってしまうとき、わたしはわたしのなかに根を下ろした「女」と「男」という二項対立、そしてそれらに付随するからだと装いについてのイメージの根深さと、他者をジャッジしようとする自分自身の暴力性に気付く。わたしは一体何を根拠に、どのような権限があって、わたしではない誰かのセックス/ジェンダーをジャッジしようとしているのだろう。そして、そのたびに、「女」ではない何かとして位置づけられうること、「女」として品評されることへの不安を思い出す。

自分の中にある他者を品評しようとするまなざしだけではなく、毎日の中にある様々な出来事や表象が、わたしに向けられるまなざしを、そしてそれに対するわたし自身の不安を思い出させるトリガーとなる。

ひとは服を着ることによって「だれ」かになるわけですが、逆に服を着ることでその「だれ」を揺さぶったり、他人にたいして偽ったりすることもできます*3

おそらく、わたしに出来ることは、そういった出来事や表象に対して生じた疑いや違和感を受け流さずに可能な範囲で言語化して理解しようとすること、わたしに向けられるまなざしを裏切ってみたり利用してみたりしながら装い続けること。そして、今後、わたしが出くわすであろう様々な出来事や人や作品やその他諸々の影響を受け入れたり拒絶したりしながら、わたしのからだと装いについての物語(あるいは別のタイトルになっているかもしれない物語)を書き換えていくことなのだと思う。

おわり

*1:笠原美智子(2018)『ジェンダー写真論 1991-2017』里山社 p.21

*2:鷲田清一(2012)『ひとはなぜ服を着るのか』ちくま文庫 pp.39-41

*3:鷲田清一(2012)『ひとはなぜ服を着るのか』ちくま文庫 pp.44-45

180323[ハンギョレ訳]それは「フェミニスト論争」ではなく「ネット暴行」だった

www.hani.co.kr

 イスンハンのSultan of the TV

アイリーンを取り巻くある暴力に関して
アイドルグループ「Red Velvet」のメンバー、アイリーンが休暇の間に読んだ本として『82年生まれ キムジヨン』を挙げ、ある男性たちはそれが「フェミニスト宣言」だとして怒りをあらわにした。これが始まりだと、今後もずっと被害意識を育てることだけを残すものだと、男性ファンが懸命に消費したおかげでRed Velvetが成功できたのに、これがファンにすることなのかと、真剣に結婚まで夢見た俺がバカだと。アイリーンが印刷されたフォトカードをハサミで切り、写真を火で燃やし、自分の怒りを知ってくれと絶叫するこの男性たちに向かう世間の反応はおおよそ「高い飯を食べてすることもない」という方へ集まっている。

選択的に怒りをぶちまけるみっともない男たち
この上なく常識的な反応である。この本を読んだ人はひとりやふたりなのか。今日の韓国を生きる女性たちが経験して来た大きくて小さな差別と女性嫌悪の経験を記録し、数多くの読者たちの共感を生んだ『82年生まれ キムジヨン』は、2016年10月の出版以後、4ヶ月だけで1万5000部、7ヶ月で10万部、10ヶ月で27万部に達し、シンドロームを呼び起こしたベストセラーである。文化放送「無限挑戦」でちらっと見えたユジェソクの机の上に置かれていた本も、防弾少年団のRM(Rap Monster)、俳優 パクシネ、モデル ハンへジン、アナウンサー ノホンチョル、少女時代 スヨンが深く感銘しながら読んだと明かした本もこの本だった。昨年、ノフェチャン正義党院内代表が大統領官邸昼食会に招待されたときに、ムンジェイン大統領へ贈った本も、クムテソプ共に民主党議員が自腹をはたいて国会議員全員に贈った本も『82年生まれ キムジヨン』だった。
国会議員たちがお互いに本を贈り合うときにも、有名な書店MDたちが推薦図書として『82年生まれ キムジヨン』を挙げたときにも、SBSがそのタイトルを借りて「SBSスペシャル」を制作し、JTBCが「ハンミョンフェ」で本を紹介したときにも、このような激しいアレルギー反応があったのだろうか? 私が見聞きしたからか、ムンジェイン大統領がフェミニスト大統領を自認して女性の人権について話したという理由で、彼に対する支持を撤回したり、SBSとJTBCのボイコットを宣言し、教保文庫不買活動を組織したという男性たちの話を聞いたことはない。ユジェソクの写真を破って燃やした男性がいたとか、防弾少年団を糾弾して組織的に悪意のコメントをつけていく男性たちがいたという話もまた聞いたことがない。結局、この怒れる男性たちは、見た目に手強くないと感じる若いガールズグループのメンバーに対してのみ選択的に怒っているのであるが、行き場をなくした怒りさえも、人を見極めながら、手強くない相手に対してのみ吐き出す行動は本当にみっともない。このみっともなさにうんざりした数多くの芸能メディアは、記者コラムを通してアイリーンの味方になり、ろくでもない男性たちを叱咤した。

ところが、いくつかのコラムは論調が少し奇妙だ。それらはアイリーンを擁護する論理で、アイリーンが『82年生 キムジヨン』を読んだと言っただけ、本に対してどのような立場なのか、感想も明らかにしたことがないという点を主張する。アイリーンが自らフェミニストだと明らかにしたこともないのに、本を読んだという言葉だけ取り上げて、それをフェミニスト宣言だと解釈してサイバーテロを加えることは不当な拡大解釈であるという話だ。裏返せば、次のようなロジックが登場する。もしもアイリーンが自分をフェミニストだと修飾したならば、男性たちが押し寄せて行って大騒ぎするのも仕方がない、というロジックである。「もしも、アイリーンが本を読んで、フェミニスト講演をしたりサイバー活動をするとすれば問題になるという状況。ただ本を1冊読んだだけなのに、そのせいで非難を受ける理由は全くない。」(『スポーツワールド』ユンギベク記者。「アイリーンは本も読むことができないのか」2018年3月19日)本を読んで感じたことがあれば、それについて講演することもあるが、それが問題になる理由は一体何なのか?

数ヶ月前、A-pinkのソンナウンが「Girls can do anytihng」(女性はどんなことでもできる)というフレーズが刻まれたスマートフォンケースが見えるように撮った写真をソーシャルメディアに投稿し、何人かの男性ファンたちから抗議を被ったときにも、ソンナウンを擁護する文章のうち少なくない数が、これと同じ論調を帯びていた。所属事務所は該当のケースがソンナウンを広告モデルとしたブランド「ZADIG&VOLTAIRE」が協賛してくれた製品だっただけだと釈明し、多くのマスコミはこれをとりあげて「時期外れのフェミニスト論争、知ってみると製品…」という内容のタイトルをつけて投稿した。事態の核心は、若い女性が少しでも自分の声をあげるような兆しが見えると抑圧しようとする男性優越論者たちの暴挙であるにもかかわらず、多くの記者のタイトルはこれを「フェミニストという話ではなかったのに、誤解を買って、思いがけずひどい目に遭ったハプニング」であるかのように記述した。まるでガールズグループのメンバーが本当に自分がフェミニストだと主張したなら、このようなひどい目に遭うのも仕方がないというかのように。

このようなことが起きるたびに「○○○、時期外れのフェミニスト論争」という表現を頑なに守るマスコミの態度は、フェミニストという単語に対して私たちの社会の認識レベルを絶えず後退させる。誰かが自分はフェミニストであるという信念を明らかにしても、それは論争になるのか? 「人は皮膚の色に関係なくみな尊厳をもって生まれてきたのであり、皮膚の色によって人を差別する習性を捨てることができない社会は、地道に改革の対象にならなければならない」という信念を非難する人々がいると仮定しよう。普通、私たちは非難を浴びせる者たちを「人種主義者」だと称し、彼らの行為を嫌悪発言[ヘイトスピーチ]であると糾弾するだろう。あえて「論争」という単語を使えば、論争を引き起こした人たちを問題の主語として「人種主義者嫌悪発言論争」と修飾するだろう、「時期外れの平等主義者論争」というふうには修飾しないだろう。しかし「人は性別に関係なくみなが尊厳をもって生まれてきたのであり、性別によって人を差別する習性を捨てることができない社会は、地道に改革の対象にならなければならない」という信念であるフェミニズムを非難する人々が集まり、ネット暴行[ネットいじめ:syberbullying]を加えたとき、そのことは何故、ネット暴行の被害を被った人々を主語として「○○○、時期外れのフェミニスト議論」というタイトルをつけて伝えられるのか?

マスコミはなぜ男性優越論者を代表するのか
このような報道は、記者やメディアの本意とは無関係に、記事に触れる若い女性に対してこのようなメッセージを送る。「フェミニスト」というアイデンティティ[正体性]を明らかにすれば「時期外れの論争」を経験することになるので身を入れないようにと、その上、フェニミニストという誤解をかうようなことが起きてはいけないので注意しろと。もちろん、私も言論界周辺をさまよって、半分くらいはこの業界に足をつっこんだ立場であるため、まさか記者個々人が若い女性読者たちを萎縮させようと悪意をもってそのような文章を書くとは考えていない。ただ、長い間そのようなやり方でタイトルを選んで記事を書くことがごく当たり前に固まった慣行であるから、そのような報道をしてきたのだろう。しかし、マスコミからこのような慣行を直さなければ、フェミニズムに対してさらに加えられる烙印(スティグマ)はなかなか消えないだろう。私たちは今からでも不当な攻撃とネット暴行を「論争」という単語で修飾して、あたかも攻撃とネット暴行はかれらなりの合理をもつ「主張」であるかのような錯覚を誘導することをやめなければならない。マスコミの対象となるべきことがあるとすれば、それは、フェミニズムに対する根拠のない怒りと、若い女性芸能人の発言権を自分の思うがままにすることができると信じる消費資本主義と男性優越主義の奇怪な結合であり、フェミニズムではない。

今からでも間違って使われた見出しを再び書き直すときだ。アイリーンは「時期外れのフェミニスト論争」を経験したのではなく「男性優越論主義者たちからネット暴行*1」をこうむった。ソンナウンもまた「時期外れのフェミニスト論争」を経験したのではなく「男性優越論主義者たからにネット暴行」をこうむったのである。彼女たちが本当にフェミニストなのかそうではないのかが問題の本質ではなく、若い女性芸能人が少しでも自分と違った声を上げようとすれば、無関係なフォトカードを破って証拠写真を撮り、写真に火をつけ、ソーシャルメディアアカウントへ押し寄せて悪質なコメントを浴びせる男性優越論者たちの暴力が問題の本質である。問題を解決する方法は、ひとえに問題の本質を正確に把握したときにだけ見つけられるのだ。))

 

*1:「ネットいじめ」では言葉が「軽い」ように感じられたので「暴行」と訳しています。

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そうかあれは「コミュニケーションとして行われる女の外見ジャッジ大会」!

タイトル強すぎたかな。

このあいだ見た企画に違和感をおぼえつつも大丈夫とスルーしていたけど今になってめちゃくちゃグロテスクさを感じてしまってすこし落ち込んでいる。好きなひとたちを好きじゃなくなる瞬間は怖いし悲しいから、そろそろ距離を取ったほうがいいのかもしれない。そのひとの生み出すものは好きでも、そのひとの倫理とか価値観が全然合わないとか、そういうことは珍しいことではないから、仕方のないことだとは分かっているのだけど。

アイドルでも作家でもバンドでもお笑い芸人でも、なんでもいいんだけど、メディアを通して何かしらの表現をしているひとのファンになるということは、そのひとの表現を好きになるということだけど、そのひとの思想や背景全てを受け入れる義務があるわけではない。一方で、自分の思い通りにはならないそのひとの思想や背景を否定するのも、基本的にはお門違いだ。(お正月の記事なんやってん、っていうツッコミが入ってしまうけどそのあたりの整合性が取れると思ってる理由はまだまとまってない)

好きなひとたちを好きじゃなくなるなんて悲しい状況にはもう懲りたから、「これはちょっとヤバいかも」というような出来事に出会ってしまったときは、好きなひとたちから少し距離を取るようにしている。いちばん分かりやすいのがバンドとかアイドル。曲だけ聴いて、インタビューは読まないしテレビも見ない。年に1、2回ライブやコンサートに足を運ぶ程度にとどめておく。それでもやっぱり好きじゃなくなってしまいそうな場合は、そうなってしまう前に、能動的に接点を持つことを避けるようにしている。存在だけは知っているけど、みたいな、ファンになる前の状況に戻す。実際には、前者でとどまる場合はほとんどなくて、おおむね後者にスライドしてしまう。さみしいけど、キツイ思いをしてまで娯楽に身を投じる余裕がわたしにはない。

そしてそれは、所詮わたしはコンテンツの消費者であるということをわたしに意識させる。言い換えれば、わたしはアイドルや作家やバンドやお笑い芸人をコンテンツとして認識していて、かれらをわたしと対等なひとりの人間としてみなしていないのかもしれない、というようなことをわたしに意識させる。かれらが提供するコンテンツから、そしてかれらそのものから、わたしはわたしの自由意志のもとにいつでもさようならができる。

閑話休題。(ここが中間地点です)

そもそもどこにもやもやしていたんだろうかと考えてみた。その結果としてのあのタイトル。

女としてジャッジされるのが苦手、と言うと語弊があるかもしれないが、性的な対象あるいは恋愛の対象として品定めされる気配や、品定めの結果を仲間内で共有される気配がとても苦手だ。だから、わたしが自分から積極的に距離を縮めようと思うのは、わたしを性的な対象として見ることがないだろう、あるいは、そういった視点を内面化していなさそうなひとたちだけに限られている傾向がある。けっこうめんどくさい性質。いきなり女というカテゴリーに入れられるのが苦手なのかもしれない。このひとはわたしをジャッジしない。だから安心していっしょにいられる。(解脱を試みようとはしているもののわたしも異性愛規範をバキバキに内面化しているのでそう思える相手は女性だったりゲイ男性だったりすることが多いかなと思ったけど、ちゃんと思い出してみると相手のセクシャリティとは意外と(?)関係がなかった。)そんなふうに考えていたことに気づいたのはけっこう最近だったけど、中学や高校ぐらいのときからそういう視線を忌避する感覚をなんとなく持っていたような気はしている。

あの日わたしが見たもの。言ってしまえば(男同士が仲良くなるきっかけという意味での)コミュニケーションとして行われる女の外見ジャッジ大会*1。そりゃ受け付けないわけだ。この答えにたどりつくまで1日ちょっとかかった。びっくりする*2

ジャッジ大会(ジャッジ大会?)が存在することも中学高校ぐらいの頃からなんとなく知っていたし、それに対して違和感や嫌な感覚も持っていたけれど、思い出してみると自分もジャッジする側として嬉々として大会に参加していた苦い記憶が蘇ってくる。名誉白人ならぬ名誉男性ってやつになりたかった時期。あんまり直視したくないけど避けて通るのもうしろめたい。

男が女をジャッジするのと、女が男をジャッジするの、なんとなく同列に扱ってはいけない気がしているけど、どうしてだろう。歴史的な背景がありそうだと感じているからかもしれない。同性の場合も内面化している場合とそうではない場合がありそうだし、ルッキズム云々についても言及してみたかったけど、どっちもややこしそうだからまた今度にしよう。

そういえば、この前受けた社内研修で、ある社員が初対面の外部講師の方を「美人講師」と不必要な形容詞つきで紹介していて、うわまじかこいつヤバいぞと思っていたら、そのあとフィードバックの時間?に別の社員からコメントでちゃんとボコボコにされていた。いわゆる中年のおじさんだったけど、献血ポスターの件でいま盛り上がってる町山さんみたいに延々と幼稚な反論をするようなこともなく素直に反省してて好感度爆上がりした。言えるし反省するしっていう弊社のこういうとこ好き。(話のオチどこ)

おわり

*1:だいたいここに書いてある。

wezz-y.com

*2:最初にドーン!と見せられたジャッジ大会への衝撃がデカかったのでこういう書きっぷりになっている。後半の流れで衝撃のいくらかは緩和された。

タイトルなし

午後、はたらかない頭に不謹慎な思いつきが浮かんだ。シンメトリーなふたつのグループは再びその対称性を取り戻した。双子みたいなグループだったから。うれしくない。なんだかずっと混乱していて現実味がない。

ほんとうはニュースが出たときにすぐインターネットから離れてしまえば良かったんだけど、なんだろうね、さみしくなってしまって覗き見をしてしまった。これは馬鹿のやることだから絶対に真似をしてはいけない。

彼女のこと、そして、2年前にいなくなった彼のことを引き合いに出して、自分たちが好きなあのひとにはそうなってほしくない、というようなことを並べ立てるひとたちの姿を見てしまった。頭では分かるんだ。生きているのがいちばんだ。きっとかれらも自分たちの好きなあのひとのことで頭がいっぱいなんだろう。他のことを考えられないくらい心配しているのだろう。
無神経だ。
誰かの死をまるで反面教師か何かのように軽く言ってしまえるひとたち。おまえたちは泣きながら遺書を写したことなんかない。不在を突き付けられるときの心臓の痛みを知らない。現実が遠のいてしまったような感覚を知らない。
そんなもの、ないほうが良いに決まっている。これはわたしの勝手なひとりごとだ。

去年の3月の終わり、ソウルまで彼に会いに行った。彼のために用意されただだっぴろい空間。彼を想うひとたちが書いたふせんが壁一面に並んでいた。もういなくなってしまった彼のための、彼がいなくなったこの世界のための、彼を失ってしまった喪失感に慣れない自分自身のためのことばたち。ひとつひとつを読みながら、そこに込められたひとつひとつの想いに胸が焼き付くように痛かった。喪服のような黒い服を着た女性が、ふせんに文字を書きつけながら、静かに肩を震わせていた姿をずっと忘れられずにいる。

誰かの不在をわたしもまた自分を語るために利用しているという意味では同じように無神経だ。最悪だ。最悪。そういえば2年前の冬、彼の不在とは何の関係もないのに、わたしは「思い出したように」チェスターのことを引き合いに出していた。わたしも誰かの心臓にナイフを突き立てていたのかもしれない。わたしも今のわたしが憎む無神経なひとたちのひとりだったのかもしれない。

まだ現実味はない。

おわり

191001 ハムレット@東京グローブ座

はじめてのグローブ座。思ってたよりもずいぶんこぢんまりした劇場だった。いつも森之宮ピロティホールだったからかな。3階席の下手。めちゃくちゃ見やすいじゃん!と思ったのもつかの間、座ると舞台の3分の1くらいが見えなくなった。数年前に韓国の劇場でエリザベートを観たことがあったけれど、4階席ながら舞台全体がまるごと見えていたあの劇場のつくりはすごかったんだなとかそんなことを考えながら開演を待っていた。

ハムレットを観るのは初めてだった。シェイクスピア自体は高校生のときにひと通り読んだ。小難しい古典を面白いと思えるだけの頭がほしくて無理して読んでいた。当時は面白いと思わなかったが、大学の英文学史の講義で『ヴェニスの商人』を読んだときは、男装してパサーニオの手綱を完全に握るポーシャにドハマりした。『ハムレット』自体はその講義で大昔の映像を観た。古英語で読む機会もあったがあまりハマらなかった。意外と韻を踏む戯曲ぐらいの印象しか持っていなかった。

観劇前後で、すでにハムレットを観た演劇関係者による「菊池風磨ハムレットはすごかった」というコメントをたくさん見たが、わたし自身は物語そのものにあまり入り込めなかったのもあってか、悲劇というよりは喜劇というコンテクストでやや曲解しながらハムレットを観ていた。最近コントを見すぎて目の前で上演される物語すべてを喜劇として解釈する頭になってるのかもしれない。(最近足しげく劇場に通って見ているかが屋のコント、わたしにはそれが上演される場所や観る人が行う解釈の好みや慣れによって解釈が大きく変化しうる短い芝居に思えるが、彼らはあくまでそれをコントとして観客に提供するので、舞台上にて演劇という形式で語られる物語すべてをわたしはコントあるいは喜劇として、滑稽さやおかしみを含むなにかとして解釈しようとするクセがつきつつあるのかもしれない。みたいなこと。説明が無駄に長い。)

印象的だったのは回転する円形舞台という演出、そしてその舞台において唯一動かない中心への人物の配置。第一幕や第二幕では中心に王と王妃。どのシーンだったか記憶があいまいだが、不吉さを増す音楽と薄暗い照明、そのなかでひとり浮かびあがるように照らされる王、クローディアスの姿には鳥肌が立ったほどだった。第三幕でハムレットとレアティーズが一戦交えるシーンも、本人たちの演技はもちろんだが、舞台の使い方も相まって凄まじかった。剣を使う殺陣はものすごい体幹と体力を必要とするだろうにこんな4時間近くある舞台の最後にこんなシーンを持ってくる演出家はとんでもない鬼畜だ(あるいはそもそもシェイクスピアが悪いのか?)。

また、菊池風磨によるものなのか演出家や翻訳家によるものなのかはわからないが、ハムレットの狂気の表現も特別だった。その表現によって、菊池風磨ハムレットはわたしがなんとなく知っていたハムレットかとは少し人物像が違っているようにも思えた。ハムレットを復讐に駆り立てたのは、父を殺した伯父への激しい怒りや憎しみというよりむしろ、父を裏切って伯父と「寝た」母への拒絶とそれでもなお捨てることはできない母への愛情の間で板挟みになってしまったことによるものに見えた。そして、復讐という目的を果たすために自ら愛する人をも傷つけることを厭わないように見える、しかし本当は悩み苦しんでもいるハムレットの姿は、長時間にわたる公演のせいなのか、かすれてしまった菊池風磨の独特の声音もあいまってなんだか切なげだった。

第三幕の最後のシーン、ホレイシオの腕の中で息絶える白装束のハムレット。ホレイシオが後ろから覆いかぶさってハムレットを抱きしめる様はただただ美しかった。物語全体にただよっているミソジニーを削って完全ボーイズラブのお芝居に作り替えて再演してほしい。ものすごい冒涜。いや、シェイクスピアの時代にはそもそも女性は舞台に立っておらず、若い男性が女性役を演じていたらしいしシェイクスピア作品は古来よりおおむねボーイズラブだったのかもしれない。(?)

3階席だったからほかの役者の顔はほとんど見えなかったが、黄色いスーツを着たハムレットの学友を演じていた俳優がとても好きだった。動きやセリフがまるで本人のようで、役を演じている雰囲気が全然なかった(それが良いのかどうか分からないがわたしはとても好きだった)。

はじめてのハムレット、悪くなかった。

おわり

191004 コント村@ロフトワンプラス

発売と同時に売り切れたコント村に運よく参加。真夜中の歌舞伎町には混沌ということばがぴったりでまあ迫力がすごかった。

ザ・マミィ林田さん、ハナコ秋山さん、ゾフィー上田さん、かが屋加賀さん、に加えて、やさしいズのタイさん(第三部のみ)も登場。AM0:30に開演して、AM4:40頃に終演。

時間は目安。そしてこれは個人的な覚書。

 

第一部 0:30-1:40

キングオブコントファイナリストの赤いTシャツを着た加賀さん、上田さん&ふくちゃん、そして異なる彩度のえんじ色のシャツを着た秋山さんと林田さんが登場。ふくちゃんがスターすぎてそれ以外全員かすんでた(ふくちゃんは上田さんがとあるネタで用いた腹話術の人形)。女の子だと思ってたけどもしかして男の子なのかな。

開始早々キングオブコントのシークレット方式について「あれ誰がうれしいんですか?」という発言が(だれが言ったのかはとりあえず伏せてみる)。準決勝の2日目、準決勝が終わっていったん解散したあとに、決勝進出が決まった芸人はTBSに戻ることになっていて、TBSに戻るときにたまたまファンに出くわしてしまい嬉しさを隠すに隠せず神妙な表情で頷いてしまったという加賀さん。決勝に行くことができないと分かって、誰にも会わずに終わるやいなやすぐにTBSを飛び出し、気が付いたら新宿の喫茶店にいた、という林田さんの話もざくっと来た。それをすらすらと語る林田さんの姿が飄々としていて、なんだかちょっとさみしかった。

あとは、本番でかが屋のネタが視聴者に伝わらなかった話だったり、コントをやるのに最高の環境を整えてくれるキングオブコントのスタッフさんが最高すぎるという話だったりもしていた。2本目に用意していたネタのために「デカい暖炉を!」という注文をしてみたら、舞台の奥行の3分の2を占めるぐらいバカデカい暖炉がセットされていてびっくりしちゃったという上田さんの話も笑った。もっといろいろ話してたはずなのに全然覚えてないや。秋山さんと加賀さんがアイスカフェラテ飲んでたのは覚えてる(のはわたしが同じのを飲んでたから……)。

第二部 1:55-3:00

上田さんによるコント村の今後についてのプレゼン。めちゃくちゃ盛り上がってた。

①コント村についていた「(仮)」を外し、コントへの愛を語るシーズン1「発散」から実際にコントをやるシーズン2「始動」へ。

②コント村ライブツアーを通して、全国でコントの布教活動を行うとともに、コント村ライブへの出演者の単独に行くきっかけづくりとして機能する。

③コント村の村民(芸人)を増やす。

クラウドファンディングで資金調達を行い、オークラさんを呼んでコント番組をつくる。

⑤ジャンル別に分かれていたり、見る人の試聴履歴にあわせておすすめしてくれたりするコントのサブスクをつくる。

⑥コントだけで飯が食える世界にする。

ほんとは⑩まであったけど⑦以降は大喜利だったのでここまで。コント師がコントだけで食っていけるようになるためにはそもそもコントにお金を出す人の絶対数を増やす必要がある、したがって一般の人たちがコントにアクセスできるチャネルを増やす必要がある(と同時にそれは自分たちの表現の場を増やすことと同義でもある)というようなロジックでコント番組とかサブスク配信みたいな発想に至ったのかなとか思いながら聞いてた。サブスクのサジェスト機能の実装は難しそうというかコントのジャンル分けしようとしたら大変な戦争になりそう。

お笑いのライブに足を運ぶようになったのは本当にここ数か月のことだけど、全体的にチケットがびっくりするぐらい安いから、儲けがどうなってるのか個人的にけっこう気になっている。単独はまた別だろうけど高くても3000円程度だからほんとに衝撃的。お笑い界隈と言っても漫才、落語、コントとかで住みわけやそれぞれの縄張りみたいなものもあるだろうからひとくくりにはできないんだろうけど。平田オリザが、自身の劇団の本拠地として兵庫県豊岡市を選び、劇団を移したという話がちょっと前にあったけれど*1、その背景には、大学をつくることで演劇やアートマネジメントを行う人材育成を行うことだったり、劇場で定期公演することによって演劇を観に行く(習慣を持つ)観客を増やすことが目的として存在していて、コント村で上田さん熱く語っていたことも、それと似ている気がした。自分たちが芸能界で生き残るにはどうすればいいか、というミクロな視点ではなくて、自分たちが生活するコントあるいはお笑いという業界全体を盛り上げる必要がある、そうすれば自分たちや後輩たちが進む道もおのずと安定したものになってくる、というようなマクロの視点を持ってみんなで話しているのがすごく印象的だった。

第三部 3:10-4:40

ここでやさしいズのタイさんが参戦。もうタイさんがずっとハイボール飲んでたのしか覚えてない。質問コーナーもあったけど、とくに覚えているのは「他人のネタをずっとやるか、ずっとネタを書くか、どっちか選べと言われたらどっち?」という質問。全員が後者を選んでいたけどまあそうだろうなという感じ。ネタ書いてる人なんかみんなこだわり激つよ頑固野郎でしょ(偏見)。

キングオブコントの準決勝でジャルジャルが新ネタ2本下ろした話もしていた。ジャルジャルは本人たちもワケわかんなくなってて、ふたりで遊んでるうちにできたネタをそのままやっているらしい、と秋山さん。その話を聞いてすかさず加賀さんが「これから新幹線乗るときはずっとふたりで遊びます」と言っていて笑った。そのシチュエーション、かわいいけどちょっとこわいな。あと加賀さんがバキバキの目で準決勝新ネタ2本下ろしたらかっこいいですよねって上田さんに相談かなんかしに来たみたいな話もしてたような気がする。

最後の告知で秋山さんが今年のクリスマスにDVDが出ます!って話をしたら、唐突に加賀さんが女子高生みたいな感じで「え、ほんと!?イェーイ☆彡」ってハイタッチ求めてたのも最高だった。コント師みんな仲良しで見ててほのぼのする。

そんな感じのコント村。全国コント村ツアーもK-PRO児島さんからOKもらえてたので近々開催されちゃうかも? お笑いのライブほんと東京に集中しすぎだからぜひ地方をめぐってほしい。それか地方でも簡単に見れるように配信とかで対応してほしい。と、東京に住む地方出身者は思うのであった。

おわり

詩をつくる

日本語とのつきあいがそんなにないころから、なぜか日本語で詩をつくるのが好きだった。小学校3年生ぐらいだったかな。あのときは詩を書く用のノートがあって、母親がまわりのひとたちにわたしが書いた詩を見せては、うれしそうにしているのを覚えてる。中学生になってもずっと詩を書いてた。この頃になるといかにも思春期な、いま読み返したらうっかり倒れてしまうような詩ばかり書いてた。日記も小学校の頃からずっと書いてて、中学校を卒業するころには10冊を超えてた気がする。

目の前の情景だったりじぶんの気持ちとかそういうのをあらわすのにことばをこねくりまわすのがたぶんずっと好きだったんだなあ。

なんだかんだ高校生のときも文章を書いてたし、大学のときも文章を書いて本をつくってみたりしていた。いちばんハマっていたときには、趣味の読書ではない読書、じぶんのことばの幅を広げたいがためにする読書とかもしていた(そういうときはなぜか古典に走りがちだった)。書くことは続けていた。ただ、高校生くらいから、「ポエマー」ということばに気恥ずかしい何かが付随するように思える空気にのまれて、なんとなく詩は書かなくなった。

去年めちゃくちゃ暇を持て余したときに、司書をしている友だちから穂村弘を薦められ、『はじめての短歌』と『現実入門』を読んだ。親しんできた世界観がそこにはあり、どこか懐かしいような気持ちにもなった。穂村さんは短歌のひとだけれど、本の中で紹介されていた「起きているのに寝息」という又吉の句が狂おしいくらい好きで、しばらくそれをまるで自分がつくった句のように得意げに、まわりに紹介してまわっていた(作者を騙ったりはしてないのでご安心を)。

で、ついこないだ。社内で詩についておしゃべりするみたいなイベントがあった。終業後の、残業している社員もいるオフィスのど真ん中でじぶんがつくった歌が詠まれるのはちょっと今までにない経験だった。歌を考えている時間。ああでもない、こうでもないと、じぶんが描きたい感覚とか見えているものをぴったりと、過不足なくあらわしてしまうことばたちを探す過程はやっぱり楽しかった。むしあついオフィス街で信号待ちをしながらことばを探しているときに、あ、わたしって詩好きなんだなと思ったりした。

というわけで、再び詩をつくっている。(かが屋の影響で自由律俳句なる何かをちょこちょこ書き留めてはいたけれど)

おわり